【MHA】ホークスとエンデヴァーがご飯食べながら喋ってるだけ

「ようこそ関西へ!」
目の前で両手を広げる男を見ると、さして疲れてもいないのに重力が強くなって思わず溜息がこぼれかけた。満面の笑みで、腕と同じように広がる赤い翼は彼のトレードマークでもある。
「……貴様のホームは九州だろう」
「初手がそれかぁ……」
 何を期待していたのか、ホークスは腕を下ろして大げさにうなだれた。それに連動して背中の真っ赤な翼も力なくしまわれた。彼のトレードマークである臙脂色の翼が小さくなると、一気に小柄になったような印章を与える。
「直線距離にすれば同じようなもんですよ。九州広島領みたいな……」と言いかけて、ホークスは口をつぐんだ。
「いや、やめとこ。どこに記者が潜んでるか分かんないっすからね。ろくでもないことで揚げ足とられるのって面倒やし」
 ブツブツとくだらないことを呟く鷹を上から見下ろした。一般人に限らず、他事務所のサイドキックからも恐れられることのある顔立ちであるが、この男だけはどれほど鋭く睨み付けてもまるで動じないのが不思議だ。ひょろっちいくせに意外と度胸がある。
「挨拶もなしに何の用だ」
「こんにちは! ご無沙汰してます!」
 そういう意味ではないのだが、ホークスは元気よく挨拶して続けた。
「いやぁー、エンデヴァーさんが西日本にいるっていうなら挨拶するしかないなって思って飛んできちゃいました! だから特に用はないです」
「貴様の事務所は暇なのか?」
 苦い顔を浮かべてみせれば、それがおもしろかったのかホークスは腹を抱えて笑った。
「もちろん冗談ですよ。さすがにそこまで暇じゃないです」
ちょうどこの辺で仕事があって。と補足するが、福岡と広島を同列に語る男だからどこから飛んできたのか怪しいものである。疑いの目線をひらりとかわしてホークスはゴーグルを外した。琥珀色の瞳がしっかりとした強度で顔を覗き込んだ。
「エンデヴァーさん、よかったらメシでもどうですか?」
「目的はそれか!」 
「はい! タダ飯食いに来ました! 大人しく若輩におごってください」
 言われずとも、そういう会食や集まりのときは大抵払うのに、清々しいくらい図々しい。だが、会計時に財布を取り出してそわそわされるよりはよほどすっきりしていて分かりやすい。
「いやぁ~、途中で抜け出して食べる予定だったんですけど、思った以上に仕事がギチギチで。今日はカロリーメイトで生き延びました」
「貴様の燃費だと大した足しにもならないだろう」
 鋼翼は高性能だがその分消費が激しいのだと小僧がかつて酒の席でこぼしたことを思い出した。
「そうなんです。だからお腹ぺこぺこ! 西条と言ったらやっぱり日本酒ですかね? 俺、焼き鳥がいいです」
 好きにしろと目で伝えると、ホークスはすかさず携帯を取り出して近くの店を調べ始めた。いつになく真剣な顔で画面を睨み付け、しばらくの静寂のあとに「ここにします」と言って顔をあげる。
 普段ならば、二、三個ピックアップしてあーだこーだと説明するのに、それも省いたということは実際空腹が限界に近いのだろう。
「ミシュラン掲載店らしいです。駅から近いです。エンデヴァーさんって帰り新幹線ですか? 広島から? じゃあ終電も調べときますね」
「そこまで長居するつもりはない」
「念のためですよ。俺が送ってあげたいところですけど、さすがに重量オーバーなんで。大人しく人類の英智に頼りましょ」
 目にもとまらぬ早さで携帯をはじくのを見下ろす。つくづく仕事の速い男だと思うが、口に出すとこれのテンションが上がって面倒なことになると学習したためそこには触れなかった。
「貴様は飛んで帰るつもりなのか?」
「はい!」
 褒め言葉の代わりに質問してみれば携帯から目をあげることなく元気な返事があった。
「やめておけ。飲酒飛行は危険だ。ヒーローがそんなくだらない理由で伸びたとあっては示しがつかん」
 むっとして眉を片方を上げたホークスの顔には不服ですと書いてあるようなものだった。
「あのですねぇ、エンデヴァーさん。俺にとって飛ぶのは運転というより歩行と一緒です。最悪、俺が木に激突するくらいで空の上は安全なもんなんですよ! それにお家で仕事が待ってますから」
 おそらく、いや、確実に最後に付け足された一文が意地でも帰宅したい理由だろう。自分も人のことを言えた立場ではないが、この若造はワーカーホリックなところがある。
「そんなことは知らん」
「横暴!」
「どうせこの頃も休んでないだろう。体調管理もヒーローの仕事だ」
「しっかり管理してますって。本当に無理だと思ったら休みも取りますし、マジで心配には及びません。エンデヴァーさんこそ休んでないような気がしますけどね。前回の休暇は一ヶ月前ですよ」
 なぜこれは人の休暇日を知っているのだろうか。問いただすより前にへらりと鷹が笑った。
「こうみえてお友達が多いんですよ。俺って」
 紛れもない情報漏洩にあとでサイドキックたちを問い詰めようとタスクを脳に書き込んでおいた。

 店はテナントの一階にこぢんまりとたたずんでいた。注意深く見なければ入口すら気がつかなそうなものだが、焼き鳥の香ばしい匂いが白い煙と共に道路にあふれ出していたから迷うことはなかった。
 ホークスが先陣をきって扉をあけるとちりんと鈴がなった。
「いらっしゃいま……せ……って、ウィングヒーロー!? しかもナンバーワンまで!?」
 空腹の鷹は個室を選ぶとかそういう余裕はなかったらしく、こぢんまりとした店内は仕切りもなくカウンター席が四席と四台のテーブルが並んでいるだけだった。
 驚いた店員の声は小さな店の全てに行き渡るほど大きく、一気に視線が集中した。
「サインください! あ、でも待って、色紙一枚しかない……」
「あー! 全然大丈夫ですよ!」
 慣れた手つきで書かれたサイン入りの色紙を「はい」と渡される。色紙の右側のスペースが空いていて、どうやらそこに書けということなのだろうと察した。
「エンデヴァーさんって全然サイン書かないですよね。天下の雄英で練習してないんスか? テスト用紙の裏に練習したり……あかん、そのエンデヴァー見たすぎる!」
 今でも職業ヒーローだとか言って芸能人とほとんど変わらないような扱いを受けるヒーローだが、エンデヴァーが学生だったころから、今ほどではないにしてもその風向きはあった。当然、雄英高校のカリキュラムにはそういった授業も含まれていた。ので、そんなヒーロー志望の中学生のようなことをしたことはない。
 腹を抱えてケラケラと笑うホークスを横目に色紙に筆を走らせる。普段はサインなんてほとんど頼まれないから書かないだけで書けないわけではない。
 色紙一枚はさすがに二人分のサインを収めるには小さくて、いっぱいいっぱいだった。
「ありがとうございます! 一番いいところに飾らせていただきます!」
 サインを受け取った店員は満足気にそれを見つめて頬をほころばせた。しばらくそうして、今度は同じ表情で俺と小僧を交互に見つめた。
「それから、いつも助けてくれてありがとうございます。今日はいっぱいサービスさせてください」
「それは俺に言うことじゃないだろう。広島なら……」
「エンデヴァーさん? それ余計な一言です。もらえるものはもらいましょう! 俺、今なら店のもの全部食い尽くせるくらい腹減ってます!」
「あらまぁ大変! とりあえずお通し持ってきますね」
「それから生ビールも二つお願いします!」
「はーい!」
 ぱたぱたと店員は厨房に駆けていった。
「……他人の成果を奪っているようで落ち着かん……」
 どうにも座りが悪く、むずがゆい感覚だった。
「あははっ、こういうのはヒーロー全体に感謝してるんっスよ。それにナンバーワンは名実ともに業界のリーダーみたいなもんなんですから、もっとどっしり構えてればいいんですよ」
「いい加減、貴様は遠慮と慎みを覚えろ」
「俺たちを足して二で割ったらちょうどいいかもですね?」
 店員はすぐに小鉢とビールを持って帰ってきた。
「それとサービスです!」
 といって、何も注文していないのにテーブルの上には乗り切らないほどの皿が乗せられた。どうやら店の一品料理を片っ端から持ってきたらしいありさまに、ますますむず痒さが増して唇をこすり合わせる。
 こういうときはどうするべきなのだろうか。と思い、ホークスの方を見れば、図々しさすら感じる若鳥は目の前に並んだ料理を見て無邪気に目を輝かせていた。
「わぁ! 豪華! ありがとうございます! おかげで飢え死にしないですみそうです!」 
「いえいえ! 一般人ができるのはこのくらいですから。今日はお腹いっぱいになるまで食べていってください!」
 お手本は示しました。と言わんばかりのホークスの視線に一度深く考え込む。あまりに過剰な歓迎だとは思ったが、それを受け入れるのも仕事の内だというのだろう。
 軽い咳払いのあとによく怖がられる瞳をできるだけ和らげて店員をじっと見据えた。
「……感謝する……」
「! ……はい! どういたしまして! 楽しんでいってください」
 なぜだか嬉しそうに去っていった店員の後ろ姿を見つめて首を傾げる。やっていることはあっているはずだが、いかんせん正解の反応が分からない。 

「なかなかいい感じじゃないですか? 愛嬌が全然足らないですけど、そこは俺が頑張るんで!」
「貴様に愛嬌を感じたことなぞない!」
「ええ!? そうですか? 手の掛かる後輩ほどかわいいって聞いたんですけどね~、ほら、しかも俺なんてエンデヴァーさんのファンだし」
「礼儀知らずな上にうっとうしいだけだ!」
「ツンデレってヤツですねぇ~。俺は好きですよ。さて、いただきまーす!」
 会話にもなっていない会話を強引に断ち切り、ホークスはテーブルに載りきらないほどの料理を口に運び始めた。先刻から何度も言っている通り空腹が限界に近かったのだろう。大きな一口で口の中をいっぱいにして、心底嬉しそうに目を細めている。
「うまかぁ~! エンデヴァーさんも食べましょ! ありがたいことに、これを平らげないことには焼き鳥も食べられそうにないですからね!」

 ヒーローという職業は性質上体力の消費も激しく、その分常人よりも多量のカロリーを必要とする。そんなわけで、テーブルの上の食事はみるみるうちに片付いていき、全てを食べ終えても腹にはまだまだ余裕があった。もともと大食いなホークスはもちろんこの程度で音をあげるような男ではなかった。
 メニュー表を凝視しながら、唇を舌でなぞる。当人はウォーミングアップが終わってやる気に満ちあふれている。
「どれにします? といっても、おすすめ五本か十本かしか選択肢はないんですけど……何人前いけますかね」
「とりあえず二人前でいいだろう」
「ダイエット中の女の子ですか? エンデヴァーさんだって人のこと言えない燃費なんですからちゃんと食べなきゃダメですよ」
「いや、そういうことじゃなくてだな……一気に頼むと冷えるだろう。そうがっつかなくとも鶏肉は逃げたりせん」
「他のお客さんに食われることを危惧してるんです。今日の鶏肉は全部俺のもんばい」
「安心しろ。常人は貴様ほど食わん」
「そうですかねぇ?」
 ホークスは警戒するように店内をじろじろと見回す。だが、どのテーブルにもすでに焼き鳥が届いているのを見てこれ以上の追加注文はなさそうだと考えたのかようやく視線を前に戻した。
「酒は?」
「んー……メニュー返してください」
 前菜を平らげるためにビールを三杯飲んでいたはずだが、今のところ酔っぱらっているような様子はない。わずかに頬が高揚している程度だ。もしかすると飛んで帰るために抑えているのかもしれない。
「生パイナップル搾り……?」
メニューを眺めていた鷹が不思議そうに呟いた。
 ただ聞いただけではノンアルコールのフルーツジュースのような気がするが、それはアルコールの欄に記載されていた。隣はレモンサワー。名物の日本酒やいかにも酒みたいな顔をしている焼酎に比べればジュース寄りであるものの、れっきとしたアルコールだ。
「俺、これで。あと日本酒も頼んでいいですか?」
「止めたところで無意味だろう。勝手にしろ」
「スミマセンー! 注文お願いしますー!」

 しばらくして目の前にやってきた飲み物に目を疑った。大きなサイズのハンドジューサーの上には半分にカットされたパイナップルが鮮烈な存在感を示していた。一緒にやってきたグラスの方には半分ほどしか液体が注がれておらず、パイナップルを手ずから搾って残り半分を埋めろという趣旨のものだろうと理解する。
「すご! 映え~! エンデヴァーさん、笑ってください~?」
 携帯を取り出すとすぐにカシャッとシャッターの音が響いた。
「すっっごいしかめっ面なんですけど。笑顔って知ってます? ていうかエンデヴァーさんと比較すると大きさが伝わりづらいっスね。あとでインスタに上げてもいいですか?」
 矢継ぎ早に浴びせられる感想と質問に目が回り、思わず全身から炎が吹き出した。
「一つずつ言わんか!」
「インスタ」
「却下だ」
「ですよね……。じゃあ個人的に思い出にさせてもらいます」
 さらりと流してしまったが、やけに嬉しそうに頬をほころばせる鷹をみて、あれは公安仕込みの交渉術だなと察しがついた。最初に大きな提案をして、本命の小さな提案を通しやすくするテクニックだ。なんだかカタカナの羅列で名前があったような気がするが覚えていない。
「エンデヴァーさん! 絞ってください!」
「自分でやらんか! 甘えるな!」
「いやー、なんかエンデヴァーさんがやった方が最後の一滴まで絞れそうじゃないですか! お願いしますって~!」
 断り続けるのも面倒になって要望通りパイナップルを搾ってやると鷹は小鳥のような笑みを浮かべた。
「思うんですけど、俺ってマジで役得ですよね。ナンバーワンからお酌してもろた~」
「ふざけてないでさっさと飲め」
 一口、飲むとホークスは大きく目を見開いて声を上げた。
「あま! うまっ! エンデヴァーさんも飲みます!?」
「甘い飲み物は好かん」
「たしかに、そういうイメージないです」

 湯気の立ち上るメインディッシュが届くとテーブルの上が一気に華やいだような気がした。焼き鳥の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
 鶏の味と脂がしっかりしていて、ほんのりと炭の香りがするのが素晴らしい。塩だけでも十分味を感じられる。ほどよく柔らかく、それでいて肉らしさを損なっていない。
「ヨリトミと遜色ないうまさ!」

 思い返せば止めなかったのも悪いのだが、止めたところで止まる男じゃないからと放っておいたのが悪かった。店員が気を利かせたのか、新しい客は入ってこなくて、元々店内にいた客たちが全員出て行くと店の中は貸し切り状態になった。
 それからしばらくはなんともなさそうな顔をしていたのに、三十分経った頃から明らかにホークスの様子が変わった。
 ずっと小鳥のように店内を満たしていたさえずりが止んだ。机に肘をついて頭を支えているのはそうしないと首がぐらぐらと動くからだろう。うつむきがちだが、わずかに覗く目は明らかにとろけていて、耳は翼と同じ色に染まっている。
 一体、許容量を知っているとは何だったのだろうか。と思うくらいの清々しい泥酔っぷりだ。
「そろそろ帰るか」と、口にすればこれまでうなだれていた鷹が勢いよく顔を上げた。しかし急に動いて頭が揺れたのか口はつぐんだままだった。
「貴様はその辺のホテルにでも泊まれ。飛んで帰るのは無理だ」
「いやれす……! 俺、酔ってない! ほろんど、えんれゔぁーさんがのんだ」
「へべれけが何を言っとる」
「かえりますから。ぜったい」
「その頭じゃ無理だろう」
「聞き捨てならん! 俺の頭のどこが悪いと!?」
「そんなことは言ってない! 飲みすぎだ! 少し頭を冷やせ!」
 未だに未練がましく握っているおちょこを奪い撮ってそれを一気に飲み干す。調子に乗って日本酒をぐびぐびあおるからこうなるのだ。もったいないが体内の温度を高めてアルコールを揮発させる。今度この若造に正しい酒の飲み方を徹底的に仕込まなければ。と、思ったところで鷹が急に妙に静かになったことに気がついた。
「何をしている」
 目の前の若造はいつの間にか翼と同じ色に染まった顔を隠すように臙脂色の羽で全身を包み込んでいた。羽の隙間からのぞく顔はただ酔っているだけにしては赤すぎだった。
「気分が悪いのか?」
 机に身を乗り出して鋼翼に手を伸ばすと何枚かの羽が容赦なく飛んできた。反射的に燃やしてしまったが、向こうも攻撃の意図があった訳ではなくただの照れ隠しのようだった。
「みんといて……」と、消え入りそうな声でつぶやかれる。何かしただろうかと肝を冷やしたが、続いた言葉はさらに馬鹿馬鹿しくて率直にいって理解不能だった。
「……だって……間接キス」
「馬鹿か貴様は」
「……初めてだったのに」
「海難事故が起これば人工呼吸くらいやるだろう」
「不埒な行動と一緒にせんで」
 そう言われるとそんな気もしてきて強く出られない。もとより時代錯誤なところがあるのはサイドキックにも再三言われて重々理解しているところである。どうにも今時の感覚がわからないのだ。
「俺が悪いのか?」
「そりゃあ、もう。既婚者でありながら、子供くらいの年齢の子に手を出すなんて絶対やっちゃだめでしょ」
「馬鹿馬鹿しい! 酔っ払っているから奇妙なことを言い出すんだ! 水を飲め! ガキの戯言には付き合っておれん! 大体、貴様にもそのうち伴侶ができるだろう。そういう言葉は伴侶に言え」
 自分の言い分は受け入れられないことに腹を立てたのかもしれない。もっとも酔っ払いの思考なんて考えるだけ無駄だ。
 ホークスは強く息を吐くように笑った。考えようによっては身構える準備時間だった。
「いいものですか? 結婚って」
 タメがあった分、鋭く研がれた言葉が的確に心臓を貫いた。ごうっと音が鳴って全身が炎に包まれる。だがその炎も行き場をなくしてすぐに萎れた。
「スミマセン、今のは皮肉じゃなくて悪意がありました。撤回します」
 流石の酔っ払いも地雷を踏んだことに気がついたのかすぐに謝罪があった。
「構わん……事実だ」
「いや。俺が悪いんで、そんな縮こまらんでください。似合いもしないし」
 向こうの向こうで相当身の毛がよだつ発言だったのか、先ほどよりもはるかにしっかりした呂律で発言を否定する。
「別にエンデヴァーさんのことを言ってるわけじゃないんですけど……いまいち家族にいいイメージがなくて。もちろん分かってますよ。現場でも子供が残ってて戻ってくるなんて親はしょっちゅういますし。自分はいいから恋人を先に、みたいなやり取りも多いです。けど、正直……俺には向いてないなーっていうか。俺は恋人と民間人の命を天秤にかけたら……どっち選ぶかわからんというか……」
「そんなもの、二人とも助ければいいだけの話だろう」
 本人も言いたいことがまとまらないのか、ごにょごにょと繰り返す言葉にピシャリと言ってのける。若造は酒で潤んだ目をあげて何度か瞬いた。
「犠牲のことなんぞ最初から考えるな。手の届く範囲をすべて救いあげるのがヒーローの仕事だろう」
 瞬いた瞳がきらりと輝きを放ち、柔らかく弧を描く。
「好きです」
 エンデヴァーさんはそういう人ですよね。と付け足して、ホークスは嬉しそうに笑った。半分も生きてない小童が何を知ったような口を。と思ったが、不思議と嫌な気はしなかったから好きに言わせておいた。
 しばらくの沈黙。ホークスはメニュー表をのぞいたが、先ほどの自分の失言を思い出したのか大人しく冷や水を飲み込んだ。自分の分の日本酒を飲み干すと、くらりと視界が揺れて酔いに身を任せる覚悟ができた。
「……それから、さっきの質問だが……」
「忘れて欲しいんすけどね。酒の席の失言なんて」
「俺が言えたことではないのは重々承知だ。……それにあれがなんと答えるのか、俺には見当もつかない」
「え? 待って。これ、ちゃんと答えてくれちゃうヤツ……? マジで、そんなに気になってないです。っていうか、ほんと、流れで聞いちゃっただっていうか……」
「いいから黙って聞け!」
 全身から炎が吹き出したおかげで、せっかく摂取したアルコールはすべて揮発してしまった気がした。だからこれは酒の席のうわ言ではなく、真面目に考えた結果だが。
「……言えた立場ではないが、いいものだと思う」
「へぇー……そっすか……」
 若造は思ったよりもガチな回答が来てしまったとばかりに曖昧な反応を返した。それからしばらく遠慮も憚りもなく、不躾なくらい真っすぐ顔を見つめ、やがて「ふふっ」と笑い声を漏らした。
「ふっ、ふはっ、なにこれ。男二人で恋バナとか、むさくるしか!」
 いよいよ堪えきれなくなったのか腹を抱えて笑い始める。
「貴様――聞いておきながら――!」
「あははははっ! だって、絵面おもしろすぎるでしょ!」
 元はと言えばお前が始めた話題だろう! と叫びかけたところで都合良くホークスの携帯が爽やかな音を立てた。ホークスは笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭って時計を確認する。いつの間にか夜が更けていた。
「あぁ……終電ですね。ふふふっ、帰りますかぁ。今日はご多忙のところ引き止めて申し訳なかったです。でもおかげでいい話聞けました。楽しかったです」
「俺は余計に疲れがたまった」
「そうですかぁ? 日本人にとって食事は何にも代えがたい幸せなはずなんですけどねぇー。ところで、エンデヴァーさん。次の休みっていつですか? 恋バナの続き聞かせてくださいよ。俺も合わせて休むんで」
「行かんッ!」 
「そー言わずに!」

 当初の宣言通り財布を出す素振りすら見せなかった若造は会計の間、鷹の視線は店に掲げられた真新しいサインに向けられていた。店員の言葉通り、店の中で一番目につく場所に飾られたそれは、一枚で書かれたから肩を寄せ合っているようだった。
「自分のサインを見るのがそんなに楽しいか?」
「見てるのはエンデヴァーさんの方ですよ」
 なおさら謎が深まり、眉間にしわを寄せると若造は楽しそうに笑った。
「嬉しいんです。言ったか忘れましたけど、俺もあなたのファンなんで」
 ゴーグルもなしに真っすぐこちらを見つめる瞳は琥珀に閉じ込められたようにキラリと輝いた。
「ずっと見てます。今までもこれからも、ずっとです。だからがっかりさせんといてくださいね」
「ふん。若輩が誰に物を言っている。俺はこれからも走り続けるだけだ」
「はい! 楽しみにしてます。俺もついていくんで!」
 爽やかな風が吹く。まるで未来に繋がる背中を押すように。





 おまけ

 さて、解散。という段になって一つ疑念が湧き上がった。店に入る前から危惧していた疑念だ。
「貴様、まだ飛んで帰るつもりなのか」
「はい! 心配無用です」
 たしかに一時期よりはかなり呂律もはっきりしたし、酔いの痕跡といえばわずかに足元がふらついていることと頬が高揚していることくらいだ。
「マジで平気です。ごかてーの話聞いて酔い冷めましたって! 実家に帰らせていただきますー!」
 静止を振り払い臙脂色の翼が空気を舞い上げて空へ浮かぶ。だが次の瞬間、街頭と頭蓋骨が激突する鈍い音が人のいなくなった駅前に響いた。
 さながらガラスに激突して脳震盪を起こして落ちてくる鳥だったが、気の抜けた風船のようにゆっくり降下してくる鷹は飛行能力を失ったというよりは、ただ自分の失態を恥ずかしがっているだけのようだった。
 力なく脱力した体を掴み上げる。
「わかったか。貴様は想像よりも酔ってる」
「ハイ……」
「黙って泊まっていけ」
「……あー、もう……! ださ! 恥ずかしか! っていうか本当に恥ずかしいんで、そろそろおろしてもらえます!? 飛んで帰るのは諦めましたから!」
 耳元で叫び続ける若造から手を離す。再び飛び上がる気なら飛行できなくなるまで翼を燃やしてやろうと思ったが、言葉の通りに諦めたようだった。
 本人は自分の分の新幹線があるのか調べて、今日帰るのは無理だと判断するや否やサイドキックたちに一報入れていた。仕事が早い男だ。
「たるみすぎだ。もっと気を引き締めんか」
「俺の名誉のために弁明しますけど、普段はこんなことにはならないんで! どれだけ飲もうが飛んで帰れるし、いつでもヒーロー活動できるくらいの余力はあります。自分でもなんでこんなになってるんだか……」
 といいかけて、ホークスは「あっ」と声をあげる。
「もしかして気が緩んだんですかね。ナンバーワンが隣にいれば怖いものなんてないですもん」
 ヘラヘラとした態度の言葉が事実なのかは分からない。泥酔していたときの素直さが夢幻のようだ。だが十中八九、いつもの質の悪い冗談に聞こえた。
「自己管理がなってないことの言い訳にもならん」