【連載中】翼大戦争【Project Moon】

Warning

Project Moonの二次創作です。
鏡世界の物語なので原作との整合性とかは特にない。なんて便利な技術……ありがとうイサン

概要

都市に生きる技術者なら誰だって我が子が大空に羽ばたくところを見てみたいと思うだろうから〟

数多の革新的な技術がひしめく都市で引き起こされた未曾有の大災害と権力争い。それに関わる人間の夢と野望と厳しい現実、それでもなお、歩みを止めない人間の美しさについて。

全部が捏造!LCBは名前くらいは出てくるかもね。たぶん。ラ・マンチャランド討伐後くらいの時空。鏡世界の話だと思って優しくして。

TIPS

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目次

第一話 自戒:深夜の来訪者はろくなヤツがいない

決して扉を開けてはいけなかった。まともな人間は深夜に扉を叩いたりしないから。

 ドアを叩く音で目が覚めた。いつの間にか寝ていたようで、気がつけば外は真っ暗だった。いつもよりも暗く感じる。窓の外ではバケツをひっくり返したような雨が降っていて雷まで鳴っていた。もしくはどこかの組織が崩れる音。あるいはどこかで新しい組織が誕生する産声。――できれば崩れていて欲しいなと思う。
 こんな時間の来訪者はろくでもないのが筋だが、面倒ごとを抱えた連中がこれほど間延びしたノックをするとも思わない。
 不用心にも扉を開けると、そこにはランスを手にした金髪の女性が立っていた。――明らかに面倒そうな数多の死体をバックにして。
「あっ! こんばんは! ボロ雑居ビルだから廃墟かと思いました! まだ人が残ってたんですね! 実は気がついたらこんな時間で……ホテルは遠いし困ってたんです~! 一晩泊めてくれませんか~?」
「……。」
 たしかに、そろそろ深夜清掃が始まる時間だね。そんなことはどうでもいいんだけど。問題は別にある。
「……その死体は?」
 同じ服に同じ装飾。まるで絆を確かめ合うようにして折り重なって死んでいる彼らを指さした。
「中指の下っ端ですよ」
「……なんてこともないよう言うんだね。指と揉め事を起こしたくはないんだが……」
 特に中指は一度受けた屈辱を決して忘れないから指の中ではかなり迷惑な相手だ。これならまだ悪名高い親指の方がマシだろう。
「えー、そんなケチなこと言わないでくださいよぉ~! それに死体に口なしですよ! もちろん、お金は払いますし! ……といってもあんまり手持ちがないんだけど……えーっと……払う気は誰よりもあります!」
「……。」
「あ、信用してないですね? こーみえても、あたし、ハナ協会の一級フィクサーですから。裏路地の人が欲しがるくらいの額、ぽんと払えるんですよ。へへん。だから、今日だけでいいんで泊めてください~……もう朝からずーっとコイツらの相手してたからヘトヘトなんですよぉ~!」
 一級フィクサーがなんでこんなところで中指を相手しているんだ。とか、協会所属なのに制服も着ていなければバッチもつけてないのはどうなんだ、とか、考えれば考えるほど不信感が募っていく。だが向こうも大人しく引き下がるつもりは一切ないらしい。
「そんな顔しないでくださいよ~! 正真正銘、一級フィクサーですよ!? もう、こうなったらフィクサー免許も見せましょうか? えーっと、アレ。どこにやったっけなぁ……たしか次元バッグのこの辺に……」
「はぁ……ん?」
 折り重なった死体がぴくりと動いた。反射的に扉を閉めようとするも一級フィクサーの反射神経に適うわけもなかった。ランスをドアの間に挟んで、ドアが閉まるのを阻止された。まずい。中指の構成員がメモ帳を取り出して、震える手でペンを握る。ならばいっそのこと! とメモ帳を蹴り飛ばしたが、すでにメモ帳にはアパート名と何号室かがしっかりと刻まれていた。
「あはは~扉を閉めるのが一歩遅かったみたいですね~」
「全部死んでるんじゃなかったのか?」
「うーん、虫みたいなもんですからねぇ。ぞろぞろ湧いてくるし、しぶとい。でも、あたしの衣食住を保証してくれるなら、あたしが貴女の剣になりますよ」
 頭がクラクラする。もう組織全体に共有されたとみる方がいいだろう。ならばもはや考えても仕方がないことだ。それはあとで考えよう。
「……奇遇だね。ちょうと人出が欲しかったんだ……まさか一級フィクサーと中指の因縁が手に入るとは思わなかったよ。降りかかる火の粉くらいは払ってくれるんだろうね?」
「もちろんです。ここを世界でいちばん安全な場所にして差し上げましょう!」
「なら契約成立だ。どうぞ、狭い部屋だけどね……。ところで、名前は?」
「一級フィクサー。ジジです」
「ジェヘナだ。なんてことない無名の技術者だ。よろしくね」
 狭い部屋に同居人が増えた。
 

第二話 契約:人の無知につけ込もう

都市で暮らす上で重要なこと、その一。サインする前に契約条件を事細かく読むこと。


 ハナ協会の規定によれば、事務所を名乗るのに人数制限はないらしい。これはいい知らせだ。朝食を口に放り投げながら無駄に長くわかりづらい文章を読み解いた甲斐がある。
 ジジは相当空腹だったようで、用意した朝食を数分で平らげて今は勝手に戸棚を開けて持ってきたお菓子を口に詰め込んでいた。
「よく食べるね」
「はひ! ほいひいです!」
「……それは結構。あとできっちり請求するからね」
「そんなみみっちいこというほど、お金がないようには思えませんでした~。一般的な裏路地の家にはパソコンもトリプルモニターもありませんよ? 使いもしないのにベッドもあったし。それに、こんなにいっぱいお菓子を隠し持って!」
 馬鹿っぽく見えてなかなか鋭い子だ。
「実際、もう少し出せば巣に住めたんじゃないですか? 外装はボロボロでしたけど中はかなりすごいですよ」
「残念ながら、想像しているほど金回りは良くないよ。ベッドは前の住人のものだし、巣に住もうと思ったらここの家賃にゼロを三つつけないとね。食事はちょっとしたおこぼれみたいなものさ」
「ふ~ん、そうなんですねぇ……」
「ハナの1級フィクサーなら食うに困らないと思っていたんだが、案外、同じようなものなのかな」
「あはは~、あたしたちに入ってくるのなんて雀の涙ですよ~」
 食後のコーヒーを差し出すと、少しだけ空気が引き締まったような気がした。
「それで、昨日はどんな因果で中指なんかに喧嘩をふっかけたんだ?」
「えーっと……それは、その……家族が……」
 これまでハキハキと答えていたジジが初めて言葉を濁した。気まずさを誤魔化すようにコーヒーをすする。おそらく仇か何かなのだろう。それで中指に手を出すのは少々命知らずともいえるけれど、こちらがとやかく口を出すところでもない。
「まぁ、生きていれば色々あるね。それで、私を守ってくれるというのは本当なのかな」
「はい! それはもちろん! 巻き込んだのは悪いと思ってるんですよ……まさか生きてるとは思わなくて……」
「一つ聞きたいことがあるんだが……」
「はい!」
「それはハナ協会に対する依頼という形になるのかい? だとしたら、うちにそんな報酬を払える金はないって伝えておかないとと思ってね。協会所属でも個人で仕事を受けていいのかい?」
「えーっと……。結論だけいうと個人で受けていいはずです。協会を通さないので、もちろん報酬もいらないです。ただ、あたし本当に無一文で……」
 ジジはハッとして首を振った。どうやら交渉ごとは得意じゃないらしい。
「じゃなくて! だから、あたしがいいたいのは! 中指の性質上つきっきりで警護した方がいいですよね!?」
「だから、部屋と食事を用意しろってことだね。まぁ、この部屋でよければ好きに使うといいよ。私もその方が安心だし。それからもう一つ質問がある」
「え、あ、はい! なんですか?」
 まさかこんな簡単に許してもらえるとは思わなかったようで、ジジは浮き足立っていた。明らかに心ここにあらずといった感じで、頭の中に自分の理想の部屋を思い浮かべているのがよくわかった。
「期間は? 本業に差し障ると互いに困るだろう」
「いーえ、特には。暇なんで。どーしてもってときには代わりを用意しますよ。無期限でいきましょう」
「無期限? しかも無料同然で?」
「はい~。あたしはいっぱい稼ぎたいとか、そういう野心はないので。雨が防げる場所で美味しいご飯を食べられればそれで幸せなんです」
「……にわかには信じがたい話だね」
 ハナ協会が暇を持て余している訳がないだろう。12協会を事実上束ねているようなものだ。今この瞬間にでもあちこちで問題が起こっているというのに。
 ますます怪しいが、変に嘘をつくメリットも感じられなければ、ジジが嘘をついているとも思えなかった。
「ハナ協会は忙しいものだと思っていたけれど」
「部署によりますよ。そりゃあ、部長クラスになれば大忙しですけれど……あたしは、部下いないんで」
「1級なのに部下の一人もいないって?」
「フィクサーの階級と上司の才覚はまた別物ですよね~。あたしは、あたしを上手に使ってくれる人が好きです」
「……一応、フィクサー免許を確認してもいいかな。命を預ける以上安心したいんでね」
「もちろんです! どうぞ! 昨日の夜1時間もかけて探したんですよ。ほら、正真正銘、ハナ事務所ですよ~!」
 フィクサー免許を受け取る。そこには確かにハナ事務所1級フィクサーと明記されていた。証明印も本物のように見える。偽物だとしても、それなりに高額を積んでいることだろう。どちらだか分からないけれど、どちらにせよ実力者ではある。それだけで保証としては十分だった。
「なるほどね。ありがとう。信じるよ。それから最後に一つ……これから新しく事業を始めようと思っているんだが……私と行動を共にするのなら手伝ってほしい。これは取引というか、お願いだね。私の勝手なわがままだから、いくらか報酬を払ってもかまわない」
「いくら?」
「言い値で」
「月7万……いや、10万眼」
 さっきお金はいらないなんてふざけたことを言ってなかったかな。と思わず口に出た。急にふっかけてくる。ともあれ、否定する理由もなかった。優秀な子はいくら払ってでもほしいから。語られた経歴を信じるならばむしろ安い買い物だ。
「いいだろう。ただし、さっきもいったけど手持ちは少ないからね。事業は成功するけど、とりあえず軌道に乗るまでは出世払いということにしておいてくれ。契約書を作るよ」
 ジジが契約書をじっくりと読んで署名欄にサインを記す。そして、あ。っと、思い出したかのように質問した。こちらからすればなぜ今まで聞かれなかったのかが不思議なくらいだった。
「ところで、何の事業をするんですか? 事務所でも建てるんですか?」
「そんなことをしても金は稼げないだろう。だから、新しい翼を作ろうと思うんだ。さ、契約も完了したし詳しく話そうか。これで私たちは一蓮托生だね」

第三話 技術:いずれ特異点として燦然と輝くだろうから

完璧な技術なんてものはない。もしそう聞こえるのならあなたは大きな見落としをしている。

「うう。なんか、だまされた気分です……」
「うまい話には裏があるものだからね。お嬢さん」
「そんなこと分かってますよぉ~。でも、まさかここまでとは思わないじゃないですか。あーあ……どこかの翼のエリートに囲まれて殺されるんだ……」
「ネガティブだねぇ。一級ならどうにかなるかなと思ったんだけどね」
「いやー、まー。身体が温まれば、ワンチャンあるかもですねぇ。でも翼を折れるとは思いませんよ。過剰な自信は捨てたんです。先生もあまり過度に力を過信しすぎない方がいいですよ。そういうのに、世界はなぜか厳しいんで」
「そうかな。夢や希望もない世界に生きる価値なんてないと思うよ」
「今時珍しいですね~。ま、そうでもなきゃ翼を作ろうなんて思いませんよね。で、詳しいことは決まっているんですか?」
「意外と乗り気でうれしいね。大暴れされるのも予期していたんだが」
「契約は守りますよ」
「そうじゃなくて、私を害してはいけないっていう規約を盛り込み忘れたと思って」
「あはは。お互いに契約が下手ですね!」
 そのまま武器を構えられてもおかしくないと思ったが、どうやらその気はないらしい。ピカピカに磨かれたランスは壁に立てかけられたままだった。
「話を聞いてからでも遅くないです」
「うれしいな。荒唐無稽な話を聞いてくれる人はこの世にあまりにも少ないんだ」
 あまりもったいぶっても仕方ない。彼女が飽きる前に本題に入るべきだろう。
 私はデスクの鍵のついた引き出しの中から、宝石のように光る一つの玉を取り出した。ひんやりとしているように見えるが、体温の温もりがあってたしかな拍動がある。この玉が生きている証拠だ。
「なんですか? それ」
「特異点……の副産物ってところかな。しばらく持ってみてごらん」
「うえ……なんか、動いてるし……」
「そういうものだ」
「なんか光ってるし、溶けてるんですけど……ていうか、何? 吸収されて……」
 ジジの表情が徐々に和らいでいく。たしか渡した玉は“幸せ”だったね。
「……なんだか……不思議な感覚ですね。知らない気持ちが流れ込んでくる感じ……」
「それはあまり純度が高くないから、五分もすれば効果が切れるよ」
「……なんなんですか? これ……面白いですね」
「その状態で聞いてもらった方が感触が良くなりそうだね。私の持つ技術では、人から感情を取り出すことができる。取り出された感情は球体になって実体を持つ。これを私は玉と呼んでいる。大体、人の感情は混じりけがあるから、取り出したままでは純度も低いが、適切な精製を行うことで純度があがって効果もより鋭くなる」
「……ふぅ。たしかに、面白い技術だとは思います。それに一定の需要がありそうなのも分かります。でも、翼に上り詰めるには弱くないですか?」
「そんなこともない。もちろんさっきのように投与もできるが、本来の使い方は感情を取り出す方がメインだ。もちろん取り出された感情は忘れてしまうからね。もはや苦しみを感じる必要もなくなるってことだ。空いた部分にポジティブな感情を詰め込んでもいいね。それから余った玉を燃やすこともできる」
「燃やす?」
「そのままの意味だよ。ほら、慣用句で心を燃やすってあるだろう? それと同じだ。燃やせるということは、そのまま燃料になるということだ。それに、そもそも感情には人を突き動かすエネルギーが蓄えられているんだから燃料になるのは当たり前のことだね」
「燃料――L社の後釜を狙っているわけですね?」
「そういうことだ。未だにL社の特異点は秘密が多いけれど、おそらく似たようなことをやっていたんじゃないかな」
「たしかに面白いですね。なんていうか人にも環境にも優しい特異点ですね」
 もちろん、技術は何事も使い方だが、あえて口にする必要もないだろう。
「見え見えの泥船ってわけじゃなさそうでよかったです。けど、たしかL社の跡地には今も外郭ばりの化け物がうじゃうじゃしているって話でしたよね? L社の跡地を狙っているんですか?」
「あそこは無理だろうね。どこの翼も手を出せてないのがいい証明だ。廃品漁りくらいしか近づかないだろう」
「……翼戦争……。犠牲が多いでしょうね」
「その分、多くが救われると信じているよ」

第四話 敵認定:生きているだけで目の敵にされることもある。諦めが肝心。

「ところで私も負けず劣らず資金難でね……手っ取り早く金を稼ぐ方法ってないのかな」
「配信とかどうですか? 結構儲かるらしいですよ。携帯さえあればできるし。あたしも一時期、中指に喧嘩を売りまくるチャンネルを作ろうか悩んだんですよ!」
「……。思いとどまってくれて良かったよ」
「え? 諦めてないですよ。携帯さえ手に入ればやりたいし!」
「仕事に影響が出そうだから却下」
「ええー! そんなー! 絶対儲かりますよ! みんな安全圏からスリルを感じるのが大好きですから!」

 一通り、説明が終わってコーヒーブレイクを挟んだ。
 机の上には湯気が立ち上るコーヒーといくつかの玉が置かれていて、ジジはそれをとっかえひっかえして楽しんでいた。貴重なものなのだけどね。協力者の気分を害するのは得策じゃないだろう。
「ふむふむ。結構いろいろな種類があるんですねぇ」
「今は単純な感情しか取り出せないけれど、うまくやればもっといろいろなものを抽出できるよ。それをするにも資金が必要だが……」
 喜び・悲しみ・怒り・恐怖と言った感情は比較的構造が単純で取り出しやすい。いわゆる一次感情と呼ばれるものだ。それに対して一次感情が組み合わさってできた二次感情は取り出しにくい。二個以上の一次感情を取り出さないといけないからだ。これまでで抽出できたものも絶望・好奇心・罪悪感の三つだけだ。それに比較的、純度が低くなる傾向にある。もちろん、複雑な感情になればなるほど燃料としての効率は高くなるから、もっと効率的に取り出せるようにしなくてはいけないね。
 お金もなければ設備も足りていないが。そろそろ考えるときがきたのかもしれない。
「それで、どこの翼を狙っているんですか?」
「特に決めてないよ。そもそも攻め入るには何もかもが足りていないからね……。けれど、こうなった以上、目的は明確にしておくのが得策だろうね。ジジはどこがいい?」
 ジジはしばらく首をかしげて考え込んだ。試しているわけではないのだけど、そう取られてもおかしくない発言だったと反省する。
「んー……W社は放っておいても折れそうですけれど、エネルギーを売るならいい顧客になるでしょうね。内部がごちゃごちゃしてそうなS社かP社が狙い目じゃないですか?」
「大湖の側には近づきたくないね」
「それならP社ですね!」
「なんだかうれしそうだね」
「はい! 世界で一番安全な場所を作るなんて詭弁を垂れ流していてムカついてたんです! あたしが住む場所にも困ってたっていうのに通行手形すら発行してくれなかったケチ企業、折れて当然ですから!」
「それならそうしようか。ラ・マンチャランドは解決したんだったね」
「んー、そうでしたっけ?」
「今時の子なのに情報に疎いねぇ……」
「携帯も解約するくらいお金がないんですってー。あ、もちろん携帯は支給してくれますよね? 連絡がとれないと不便ですし、ね? 業務上必要なものですよ。ですよね?」
「常に私の側で警護してくれるって話では?」
「え、ま、まぁ。でも、別行動するときだってあるじゃないですか……? ありますよ。たぶんきっと! この先、何十年と一緒にいるかも知れないわけですし!」
「それはどうだか。でも十万眼もあればどんな機種も契約し放題だろうね。それじゃあ、休憩も済んだしいこうか」
「機種変更ですか?」
「そんなわけないだろう。敵地偵察ってやつだね」

第五話 因縁:ただし知らない因縁

都市で暮らす上で重要なこと、その二。中指には近づかないこと。

  私が住んでいるQ社とP社は隣り合っているとはいえ、実際は地図上でみるよりもずっと遠い。それは都市の道がやたらとごちゃごちゃしているからでもあったし、Q社が横に長いからでもある。
 だからといって、ワープ列車を利用するのは馬鹿馬鹿しいので片道4時間ほどかけて車でいくのが定石だった。
 ジジは助手席でよだれを垂らしながらすやすやと眠っていた。こんな悪路でよく寝られるものだ。服についた返り血はすっかり乾いている。というのもアパートを出て、レンタカーを借りるものの三十分くらいの間で五人もの中指構成員に襲われたのだ。
 本当に、先が思いやられるね。特に苦戦する様子もなかったのが幸いだ。1級フィクサーというのも嘘でないように感じた。
 しばらく車を走らせて、車を止めるとジジは飛び起きた。
「もうついたんですか?」
「P社の裏路地だよ。巣まではもう少しかかるだろうね」
「うらろじぃ? そんなところに何の用なんですかぁ?」
「悪名高いラ・マンチャランドの発生現場だよ。さすがにもう復興が進んでいるみたいだね」
 西部センク事務所の新人の配信にざっと目を通した感じでは、少なくとも1週間前までは空き地だったはずだ。今や、どこにでもある雑多な裏路地という印象だった。少し違うのは、どの建物にもP社の刻印が刻まれているところだね。
「P社の特異点を使って建てられた建物は弾性があるそうだね」
「らしいですね~。つぎ込まれた額にもよるけれど、めったなことじゃ崩れないそうですよ。弾性って表現をしているあたり無敵ってことではないんでしょうけれどね」
「どこでも安全な居場所をつくる……だったね」
 誰でも知っているP社のスローガンだ。これは想像でしかないけれど、P社で供給されている衣服にも似たような機能があるだろう。それから何百年も元の形を保ち続ける半永久缶詰……。
「何してるんですか?」
「考え事。私は技術をつくる側の人間だから、全ての技術が完璧じゃないことを知っているんだ。いくら都市の技術でも無から燃料を生み出すことはできないからね。だからP社の特異点を正確に見抜くことがそのまま我々の勝利につながるんだよ」
 しばらく考え込んでいると、次第に裏路地が騒がしくなってきた。住人たちが目を合わせないようにそそくさと建物の中に撤退していくのが見える。人の流れの大元をたどってみると、どこかでみたような鎖と入れ墨。中指の構成員だね。
「うわぁ……しつこいなぁ。もう。中指から逃げるならW社も悪くなかったですかね。西部にまで逃げちゃえば少しはましな気がするんですけれど」
「対処は任せるよ。考え込むから、なるべく私に近づけないように」
「はーい! 寝起きのいい運動になりますね!」
 ジジは武器を構える。
 壁に立てかけているときにはずいぶん長く重たそうに見えたものだが、彼女が握れば実に理にかなった長さをしている。
 瞬き一つ。次の瞬間、ジジの身体はそこにはなく光のような軌跡だけが残った。それと落雷のような轟音。どうやら建物のあちこちを足場にして飛び回って加速しているらしい。足場にされた建物は歪みはするものの崩れることはなく、すぐに元の構造に戻った。
 伸縮性のある建物。奇妙なものだね。一見、中の空間がひずんでいそうに見えるけれど……。だとすれば、建物の中は別の空間? 空間の切り取り……。
 考えているうちに、ジジの身体は弾丸のような速度で中指にぶつかり、そのままの勢いで構成員の身体を引き裂いた。引き裂いているというか、光の速度で突進しているようなものだろう。血液や肉の破片が華やかに周囲に飛び散る。
 ……やることが派手だ。隠密行動は任せられないね。
 しばらく轟音が響き続け、突如としてピタリと止まった。いつの間にやら、隣に戻っていた。
「ジジ? そっちは終わったのかい?」
「雑魚は処理しました」
 含みのある言い方だね。ジジが猫のように路地の方をにらみ続けているから、私もそちらに目を向けた。道を塞ぐように男たちが立っていて、その中心の男は明らかに周りとは別格のオーラをまとっていた。みるからに威圧感がある。末弟よりも上の階級だろう。
「勝ち目のない相手なのか?」
「よくて相打ちです」
「逃げるとしたら?」
「あたし一人なら逃げ切れます。でも先生は身体が持ちませんよ。手を抜いて逃げ切れる相手ではなさそうですね」
「詰みだね」
「はい! 詰んでます!」
 ため息が漏れた。すがすがしいほどはっきりとした返事だね。でも実力者になればなるほど、己と相手の力量を正確に見られるようになるという。道を多いつくさんばかりの取り巻きを(こちらはこちらで殺気立っていてみれたものではない)片手で制しして、真ん中の男が一歩足を踏み出した。重々しい足音が空に響く。
「うちの弟妹たちがさんざ世話になってるようだな」
「……。」
 ジジは警戒を解かない。いつでも動けるように神経を張り詰めているようだった。私は警戒したところでどうしようもないので上着の上からこちらの切り札をしっかりと確認した。なるようになる。考え事はあとだ。首がつながっていたら、あとで考えよう。
「1級フィクサージジ、弟分から話は聞いてる。ここんとこ北部をずいぶんと派手に荒らし回ってるらしいな」
「……そっちがあたしの行く先々についてくるだけでしょ」
 一言発しただけで、男の後ろに控える取り巻きたちが一斉に仕返し帳簿に余罪を書き加えていく。今更一つ増えたところで変わりはないだろうけれど、あまり心躍る光景ではない。
 男は冷徹なまなざしでジジを見下ろす。今すぐにでも逃げたそうな顔をしてはいたけれど、一応、私をかばうように背中の後ろに隠していた。
「……それから。ドクター・ジェヘナ。貴様はごく最近帳簿に名前を刻まれたらしいな。みたところ、貴様の余罪は1ページで収まる程度か。この程度なら今すぐ精算してもさほど時間はかからないだろう」
「話に乗っちゃだめですよ。中指の罪算出法はめちゃめちゃです……あたしと関わっただけで四肢をバラバラにされますよ……」
「そうだろうね」
 構成員たちが筆を走らせる。どうやら兄貴分の質問に答えないことも重罪らしい。
「ここから先は兄貴の領分だ。中指、長兄デボラ。これからは都市のどこにいようと俺が貴様らをおいかけて確実に罪を精算させる」
 男がコートを取り巻きたちに預ける。戦闘は避けられないだろう。
 それを見て私も持ってきていた秘密兵器をジジに預けた。
「ジジ、これを」
「!」
 限界まで純度を高めた丸だ。感情は激怒。本当はまだ調整が済んでないし、あまり使いたくはないけれど、今はそんなことを言っている時間もない。だからいうことはずっと決めていた。
 この間のお遊びのようなものではなくて、もっと鋭くて、自分の本来の感情を飲み込むような危うさがあるだろう。
「私は信じているから。どうにかしてきなさい」
 手渡した丸がジジの中に溶けていく。まばゆい光とともに。次の瞬間、轟音が鳴り響いて二人の刃がぶつかり合った。周囲の空間を振動させるような衝撃波が広がる。それを合図にしたように、後ろで控えていた取り巻きたちが雪崩のように私に迫ってきた。
 戦闘は得意じゃないけれど、ジジの助けも期待できない以上、しばらくは一人で食い止める必要がある。それまで首がつながっていればいいけれどね……。

第六話 倫理:生き残るのはさほど難しくない

私の持つ技術。感情を取り出して強度を上げることができる。取り出した感情は他人に押しつけることができる。その際に伴う痛みについては別紙を参照。許容量を超えた場合は……。

 私は近くの雑居ビルの階段を駆け上がった。武器もなければたいした戦闘経験もない以上、複数人を一人で相手するのは不可能だ。そして次元バッグを取り出してその中からいくつの丸を取り出した。
 あまり気乗りはしないが、自分の身を守るためなら仕方がない。
 踊り場の角で構成員を待ち伏せする。
「こんなところに逃げ込んだって無駄だ! 大人しく罪を受け入れるんだな!」
「そうでもないさ!」
 男の懐に潜り込んで悲嘆の丸を無理に受け入れさせた。先ほどジジに渡したものよりも、さらに純度が高くて不純物がほとんど含まれない純粋な感情の塊だ。人が従来感じられないほどの鋭い感情はもはや狂気にすらなる。
「っ……クッソ……! 何しやがった!?」
「くっ!」
 胸部に一発拳を受けて、身体の内側が砕ける感覚があった。少し触れただけで、身体が吹き飛んで壁に身体がぶつかる。一発もらっただけだが、もはや動けそうになかった。あとはアレがどうにかしてくれるように祈るしかない。
「……クソッ……、いったい、なんなんだ……誰だ……? クソッタレ……俺は……」
「末弟様?」
 意識が遠のく。口の中をかみ切ってどうにかかすむ視界をこらえ続けた。見届けることが償いになるとも思えないが責務だと思った。たとえ外から植え付けられた感情でも、自分の中で暴れ回って、自分の絶対的な芯を揺らがせるには十分なのだと思う。
「ああ、そうだ……。俺は……」
 ブツブツとうわごとを繰り返して、男の姿が徐々に崩れていく。
 身体の半分が魚と融合したような姿だった。身体には強化入れ墨とそれを彩るように大きなうろこが生えて、所々が痛みを感じさせるほどにうろこがはげていた。その目はうつろで、もはや何も見ていないようだった。自分の中の苦しみを見つめるだけで精一杯なのだ。
「末兄様! お気をたしかに……!」
「……ッ……ゴホッ……無駄だよ……」
 すっかり姿の変わった末弟の拳が構成員の身体を貫く。貫かれた身体からは真っ赤な血が海のように溢れだす。それはまるで、彼の中で暴れまわる悲しみを体現しているようだった。中指は結束が固いから、あの状態になっても攻撃を戸惑うようだ。
「自分の内側の声に夢中でこっちの声なんて聞こえちゃいないだろうね……」
 窓の外ではジジと長兄が未だに激しくやりあっていた。時間が経つほど激しさを増しているようだ。
「まだ治し方は考えてないが、理論上は可能だ。その手がかりを持っているのも私だけだろうね……?」
 咳き込むと血を吐く羽目になった。視界がかすむ。ジジがいくらかHPアンプルを持っていたはずだ。合流できれば死ぬことはないだろう。中指の構成員たちは攻めあぐねているようだったので、それを尻目に階段を登る。あと五段も上れば屋上につながっていた。
 そのとき、外で爆発音のような激しい音が響いて建物全体が大きく揺れた。どうやら決着がついたようだった。
 外ではジジが地面に膝をついていた。

第七話 乱入:頼んでないのに! 貸しを押しつけてくるんです!

強い怒りは判断を鈍らせる。

「ジジ!」
 窓の外に向かって叫ぶと、ほとんど反射的にジジの身体が動いた。すぐあとを追って長兄が追ってくる。
「なんなんですか!? あたしに! 指図しないでくださいよ!! あたしまだ、あのゴミを処理してない!!! あいつ、あたしの完璧なファッションを馬鹿にしてきたんですよ!!!!! それに、あたしの友達まで!!!」
 屋上に戦闘場所が移動して、長兄の攻撃を捌きながらギャーギャーと文句をたれる。まだ動けてはいるね。だけど、明確に動きが鈍くなっている。対して、長兄の方の動きはより激しくなっていた。
「ハハハッ! 久しぶりに手応えのあるヤツで嬉しいが、また一つ余罪が増えた。俺の時間を奪うのは大罪だッ!」
「だーかーらー知らないっつーの!!!」
「ジジ! 撤退だ!」
「はぁ!? こいつを生かしたまま逃げるなんてあり得ない!!!! 邪魔するなら――」
 ジジと長兄の拳の間に寸分の狂いもない弾丸が飛んできて二人は一斉に飛び退いた。弾丸が飛んできた方向の先、そこには赤いコスチュームをまとった組織がいた。
「なんなんですか!? 今日は指切りでもあったんですか!? あっちこっちからあたしの邪魔しやがって!!!」
 荒れ狂うジジを尻目に、長兄は静かにしかし明らかに鋭い目つきで狙撃手をにらみつけて、確実に仕返し帳簿に恨みを記入した。
「興が削がれたな。続きはまた後日。中指は貴様らを逃がさない……今日の分も帳簿につけておく」
「はいはい! どうぞご勝手に! 好きにすればいいですよ。今更誤差だし! もうさっさと帰ってください」
 口はずっと元気だったが、どうやら身体の方は無理に動かし続けたガタがきたようで再び地面に膝をついた。今なら楽に殺せそうだったけれど、ただ殺すだけではもはや精算できないほど利子が貯まっているようだ。
 長兄は振り向きもせずに階段を降りていく。その姿が見えなくなってから、ようやく息ができるような気がした。
「二人とも命があるなんて奇跡に近いね」
 楽観的な私とは反対に、ジジの表情はあまり晴れやかではなかった。
「……勝てなかった」
「短期的な勝ち負けにこだわったって何の意味もないよ。……それよりも面倒な相手に借りをつくった気もするね……。礼を言いに行かないとね――その前に、身なりも整えるべきだろうけれど」
「……助けてほしいなんて言ってないのに。はた迷惑な話ですよ……」
「でも、結果的にはいい方向に転がった。……ところで、そろそろ死にそうなんだが……HPアンプルを借りていいかな……」
「えっ、ひどい怪我!? 何それ、どーしたんですか!? いつの間に!? もちろんですよ。えーっと、ちょっと待ってくださいね~、えーっと……どこにしまったっけぇ……」
 下の階で、何かが壁にぶつかる音が聞こえた。下の姿を変えた末弟が殴り飛ばされた音だろう。
 ジジが次元バッグを漁るのを横目に親指がいたマンションを見る。どうやら凄く関心があるようで、一人のソルジャーが望遠鏡でこちらを見ていた。何にせよ、来いということだろうね……。はぁ、とんだ厄日だ。